普通の幸せ
昔の家庭では、 一家団欒(いっかだんらん)が あることが、幸せな家族の象徴だったと思います。
でも、 現在では色んな家族の状況があって、
何が正しい家庭の姿かは 誰にもわかりません。
最終的に本人たちが幸せだと 思ってるなら良いじゃない。
・・・ということになると 私は、思います。
鑑定でも 結婚についての相談がもちろん多く、
その中で、
「恋人ができてもその人と長時間一緒に いることができない。
だから、 私は結婚が一生できないと思う。」
ということを打ち明けてくれる方が 結構いらっしゃいます。
でも、 そういう方ほど、世間の常識、 「結婚というのはこういうものである」
というものに強く縛られている 真面目な方です。
「家族の間には秘密がない方が良い」 →あってもかまわない
「一家団欒の時には楽しく会話しながら楽しく過ごさないといけない」 →お互い全く違うことをしていても大丈夫!
という風に、 考え方は色々あるということに 触れながら、
その鑑定を私は進めて行きますが、
いつも思うのは、 ちゃんとした人ほど悩んでいるということ。
今という時代は、色々な考え方をもった人の価値観の多様化を認めようとしている時代です。
でも、逆にいうとそれは、昔は〝普通の人〟 ほど生きやすい時代だったのではないか、
ということになるのではないでしょうか?
今でも、 皆は〝普通〟という言葉に憧れています。
鑑定中にも何度も 〝普通〟という言葉が出てきます。
ですが、今は実は〝普通の人〟ほど 生きにくい時代に なっているのではないか、
と 考えたりもするのです。
〝普通の人は幸せか?〟
本当に普通が幸せだった時代は、 今、 通りすぎようとしていると思います。
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